偏 差 値 15アップ の た め の 学 習 塾
     リ ト ル ア メ リ カ 教 育 セ ン タ ー
イベント | 地図及び場所 | お問い合わせ | サイトマップ
トップページ 偏差値15UP 教材は命 浪人は楽しい 合格体験記 リトルの数学 リトルの小・中学生
リトルアメリカ教育センターリトルアメリカ教育センター
●中津校
TEL:0979-22-4761
●大分校
TEL:097-560-4235

合格体験記9
リトルで夢をかなえた生徒の声です

合格体験記4
合格体験記3
合格体験記2
合格体験記1


太田 紫穂さん  (京都高校出身)

 京都府立医科大 合格


 
私は現役の時、センターで失敗したので医学部を諦め、九州大の理学部を受けて合格しました。その後、ただ漫然と学生生活を送り、名前も知らないような中小企業に入社しました。社会人生活は予想していたよりも楽しく充実したものでしたが、3年目を迎える頃には面白味を感じられなくなっていました。そんなある日、遠い未来を想像し、死に際して私は一体何を思うだろうか、と考えました。そして、「私の人生、そう悪くはなかったけれど、やっぱり医師として生きてみたかった」と思うだろうという事に気付いたのです。


 その後、会社を辞め、受験勉強を始めました。自分一人での勉強に限界を感じて、某予備校に入ったものの、私には合わず、良い結果を残すことは出来ませんでした。そして、近くに良い予備校か塾はないかと広告を探していたところ、リトルの広告を見つけました。合格体験記や先生の言葉を読んで、リトルは普通の塾とは違うと感じました。実際に話を伺って、リトルのやり方は理にかなっていると思い、入塾を決めました。

 私はしばらくの間、とにかくリトルのやり方に従ってみようと決めていました。単語帳やイディオム帳に載っていた、先生方や先輩方のお話がどれも素晴らしかったのが、リトルを信じられた原因の一つだと思います。しかし、心の底からリトルを信頼出来たのは、英語で全国1位を取ってからでした。模試では剛先生が授業で言われていた事がほぼそのまま出ていたのです。その時、剛先生について行けば間違いないと確信しました。

  試験後は絶対に落ちたと思ったにもかかわらず、私が第一志望に合格出来たのは、リトルのお陰だとしか考えられません。英語と生物は自分でも胸を張れるレベルにまで上がったので、苦手な科目をカバーすることが出来たのだと思います。そして、剛先生が言われていたように、最後の最後に見直したところが試験に出ました。

  私には年齢や数学などの障害がありましたが、それでも合格出来たので、高校生や浪人生にはもっともっと大きな可能性があると思います。ですから、自分の心に嘘をつかず、本当になりたいものを目指して悔いのない人生を送って欲しいと思います。私はこの1年間、自分の周りで次々と幸運が起こるのを見てきました。物事が良い方へ良い方へと進んでいきました。夢のために懸命に努力する事が、自分にも周りにも良い影響を与えていったのを肌で感じました。私がここまで頑張れたのは、本当に周りの皆が支えてくれたお陰です。

 最後に、剛先生、由紀子先生、まあけん先生、えっちゃん先生、浪人組の皆に出会えた幸運に感謝します。本当に有難うございました。



迫 友里恵さん (中津南高校出身)

 津田塾大学 合格
 

 私は中学2年の終わりごろからリトルに通っています。英語が苦手だったのですが、由紀子先生の熱心な授業のお蔭で克服でき、南高校に合格しました。本当は中学までで塾をやめる気でいましたが、「本当に英語の勉強が必要なのは高校から」という由紀子先生の言葉に納得して、高校でもリトルに通うことにしました。

 高校1,2年の間は英語に取り組みました。フロウンから始め、黄単、ノットフロウン、イディオム・・・とひとつづつゆっくりですが進めていきました。どの教材も使う生徒の立場になって作られていて、とても使いやすく、模試でも役立つものばかりです。これらを仕上げ、長文などに取り組んだ結果、2年の終わりごろでは英語の偏差値が70を超え、学年でも10位になりました。これには私も驚いて先生に報告したところ、「よかったやん、でもリトルの生徒は英語強くないと悪いから、今度は1位とらんとな。」と激励の言葉をいただきました。

 実はこのころまでに早稲田大学に行きたいという夢がふくらんでいたのですが、私の勉強量が足りないのは分かっていたので、ずっと先生に打ち明けることをためらっていました。

 しかし、ある日剛先生に誘われ、一緒にジョイフルに食事に行ったとき、思い切って「早稲田大学に行きたいんです。」と打ち明けました。剛先生に打ち明けた時、やっと決意が固まり、よし頑張ろうという気持ちになり、それから3年生になるまで英語にひたすら取り組みました。

 3年になり、日本史を始めることになりました。私は選択科目で世界史をとっていたのですが「日本史のほうが難しいので点数がとれたらうかる。」という先生の言葉を聞き、少し迷いましたが、やはりこれだけ早慶上智に多くの合格者を輩出してきた先生の意見を聞いたほうがいいと思い日本史を始めることにしました。
 
 みんなに早く追いつきたいと一生懸命頑張ったのですが、テストではいつも悲惨な点数ばかりとり続けました。

 夏休みに入り、先に明治時代から終わりまでのプリントを仕上げようということになり、みんなで毎日塾に来て、日本史ばかりしていました。しかし私だけみんなのスピードに追い付けず、後に取り残されてしまいました。結局、夏休み中に日本史を仕上げることはできませんでした。私はこのころから嫌になって勉強を放り投げました。塾には一応通っていたのですが、授業も上の空で、毎日ぼーと過ごしていました。そのまま改心せず勉強を怠り、時はあっという間に過ぎていきました。センターテストも散々な結果に終わり、その時になってやっと、どうしようという思いがこみ上げてきました。

 母は「行ける大学があるならそこに行ったらいいじゃない。」と言いましたが、私は大切な時期に勉強を怠った自分が情けなくて、「この1年間をやり直したい。」という思いでいっぱいで、無理を言って浪人させてもらうことになりました。

 浪人して毎日きつかったですが、受験を終え振り返ってみて私が思うことは、リトルに来て本当に良かった、浪人して本当に良かったということです。もし母の意見に従って、どこか適当に大学に入っていたなら、私はおそらくその先の一生を適当に生きていたでしょう。もしリトルに来ることがなければ、こうやって大きな目標を立て、それに向けて一生懸命努力することを知らないままのつまらない人生を送っていたでしょう。

 何より私が逃げ出さずに頑張れたのは一緒に頑張る仲間がいたことと、支えてくださった先生方がいたからです。リトルでは先生と生徒のつながりが深く、一人ひとりをきちんと見てくれていると感じます。だから信頼できますし、悩み事も安心して相談できました。

 最後になりましたが、リトルで過ごしたこの数年、特に浪人の1年間は、私にとって本当にかけがえのないものとなりました。支えてくださった先生方、一緒に頑張った友達、チャンスを与えてくれた両親に本当に感謝しています。ありがとうございました。



大塚 公誠 君 (大分上野丘高校出身)

 明治大学 合格

 僕は上野丘高校に入学した時、受験勉強をあれだけしたのだからしばらくはサボってもいいだろうという気持ちでいました。でも高校の授業はそう甘くなく勉強しない癖がついていた僕はたちまちついていけなくなって行きました。あせった僕は高1、高2と塾を点々として自分に合う塾を探していましたが一向に成績は上がらず逆にさがるばかりでした。

 そんな時友達のいるリトルに入りました。せっかくいい高校に入ったのに落ちこぼれてすっかり自信を無くしていた僕はもう適当な大学に行って適当に暮らそうと考えていました。しかし、最初のQ先生との面接のとき、先生は『まだ二年だし東大でも早慶でもどんな大学でも行けるよ。』というようなことを言ってくれたのです。その言葉に僕と母は目を丸くしました。

 初めてGO先生の授業に出たときみんなの前で自己紹介して『こうせいです』と言ったのですが、突然GO先生が『じゃああだ名は井上康生じゃら!』といいしばらくは井上康生と呼ばれていました。あだ名をつける塾なんて初めてだったのでまたびっくりしました。-GO先生は授業中よく過去の受験生のエピソードや勉強のこつなどいろいろな話をしてくれました。

 そんな授業が終わると決まって自分の中で超ヤル気が出て家でも勉強しよう!と張り切って帰りました。

 でもいざ家についてテレビがついているとすっかりそんなことは忘れて結局勉強しないのですが・・汗

 リトルは他の塾とは違い勉強だけじゃなくいつ寝てもいいし、Q食もあるし、引っ越しの手伝いもして退屈しないので通うのが苦痛じゃなく先生もとてもアットホームなので居心地がいい場所でした。

 三年生になって僕はなるべく毎日、たとえ勉強が進まなくてもリトルに行くようにしました。だから家で何もせずにダラダラすることをしなくなりました。

 入ってからまずフロウン単語をしました。フロウン単語帳はゴロ合わせなので最初は疑っていましたが、驚くほど覚えやすく一週間で一周することができました。リトルの単語や文法は全て自分でテストを出すことが出来るので誰かと点数を勝負しながら覚えれるのでそれも覚えやすかった理由だと思います。また授業の中で勝負するときは賞金もあるので楽しく勉強できました。

 三年になったら日本史の授業も始まって一冊の一問一答を何回も繰り返しました。Q先生の出す問題は激ムズでなかなか高得点は取れませんでしたが、そのおかげで学校のテストやセンターの日本史は高得点が取れるようになり得意教科になりました。

 受験が迫り模試の成績も上がらず浪人を覚悟しましたが、最後まで毎日リトルに通った結果、明治大学に合格することができました。

 大学にいったらGO先生のいうように英語を鍛えて自分の強みにできるように頑張りたいと思います。

 リトルにとても感謝してます。ありがとうございました。

メニューへ戻る