偏 差 値 15アップ の た め の 学 習 塾
     リ ト ル ア メ リ カ 教 育 セ ン タ ー
イベント | 地図及び場所 | お問い合わせ | サイトマップ
トップページ 偏差値15UP 教材は命 浪人は楽しい 合格体験記 リトルの数学 リトルの小・中学生
リトルアメリカ教育センターリトルアメリカ教育センター
●中津校
TEL:0979-22-4761
●大分校
TEL:097-560-4235

合格体験記8
リトルで夢をかなえた生徒の声です

合格体験記4
合格体験記3
合格体験記2
合格体験記1


阿部 靖之 君  (岩田学園出身)

 京都大学 合格

 先日、二度目の大学入学が決まった。現役時代、本当に勉強らしい勉強をしてこず、好きな教科だけをやり、夢をあきらめ、何も考えずに入れる大学の適当な学部に入った。二年生になったくらいから色々考えるようになり「本当にこのままこの学校を卒業して後悔しないのか?」「自分が六十、七十になった時、後悔ばかりしてるんじゃないか?」などと考えるようになった。二年の冬、辞めることを決意した。親にそのことを話したら反対されるだろうと思っていたが、絶対自分で働きながらでも目指そうと決めた。しかし、親は「応援する」とただそれだけ言っただけだった。死ぬ気で頑張ろうと思えた。そこから二度目の受験が始まった。まずやったことは単語だった。自分は高二の時、偏差値二十台をとるくらい英語が大嫌いで、一つ目の大学も受験科目に英語がない大学を選んだくらいだった。単語を覚えると英文を読むのが楽になり、英語の勉強をどのようにすればいいかなどがだんだん分かってきた。しかし、成績は中の上くらいにしかならなかった。

 そこから月日が経ち、今年の夏の終わり頃にリトルに入った。自分の暗記に対する甘い考え、逃げに気づかされ、そこから暗記するということを本気で頑張るようになった。九月の模試では、京大模試で偏差値五十くらいだった自分が、秋には六十三くらいまで上がっていた。自分の英語に対する苦手意識はなくなっていた。本当に今までは読めた気、読んだ気になって、英語を適当にやっていたのだなとつくづく思った。英語が苦手→得意科目になったことが、自分が京都大学に合格できた理由だと思う。

 自分が受験をする上で気をつけていたことが三つある。

@     最初はだいたいの理解でも気にせず、とにかく最後までとおすこと。そこで、終わりにせず、何度も繰り返し、中途半端な状態で終わらないようにする。

A     覚えることから逃げない。

B     他人や先生のアドバイスに盲従するのではなく、最後は自分で考えて勉強する。

はっきり言って、自分はあまり実行できていないなと思うが、受験を終えて、改めて大切だと感じた。

 最後にリトルに入って最も良かったことは、人との出会いだった。優しく話し掛けて応援してくださった先生方、一緒に勉強を頑張った友人、この二つがあったからこそ、今、こうやって合格できているのだと本当に思い、感謝の気持ちでいっぱいです。これから受験の方、一年間つらいですが、やる気のある時は自分のため、無い時は親や友人や先生など自分を応援してくれる人のために頑張ってください。



赤嶺 真奈美 さん  (岩田学園出身)

 筑波大学 合格  

私は、10月の第一土曜日にリトルに見学に来ました。駆け込み寺として(笑)漠然とした不安があった私はGO先生から「あと三ヶ月もある。人間一年間ずっと全力出すのは難しい。今からでも大丈夫」的なことをいわれて安心した。

 行ったその日に授業を受けた。が、その日はちょうどテストがあり、何もわからないまま私も受けた。困った。わからない。単語も熟語もうろ覚えだった私は焦った。結果、点数は三点。自分のできの悪さに驚いた。ここまで悪かったのか。 学校のテストや模試ではここまで酷くなかったのに・・。その後の授業でもただ一方的に聞くだけの学校の授業とは違い大意を訳させながら読み進めていくことに戸惑った。自分ではなんとなく理解してるつもりだったものもさあ訳してみて。といわれるとうまく言葉にできない。今までの英語の学習は何だったのだろう?と。ここに来て初めて本格的に自分のできなさを痛感した。でも、同時にリトルでやってみようという気持ちにもなっていた。

それから一週間ごとに目標を決め(単語五百個とか第一章とか)テストをする。暗記は大の苦手であったので、一、二度読んだぐらいじゃあ覚えられるはずがない。何度も何度も読んで、見て、意味を隠してテストしてを繰り返す。やっと少し覚えたと思ったら、今度は似た単に悩まされた。すでに覚えたはずの意味までごっちゃになってしまい二度三度と挫折した。放課後、学校の夜間自習が終わってから、できるだけリトルに行くようにした。短いときは一時間もいなくて、テスト用紙を印刷して帰るだけのときもあった。それを繰り返していくうちに一・二ヶ月ぐらいで二冊の単語帳を終えた。リトルの単語帳は単語と一緒にダジャレや覚え方その他もろもろが付いていたので何度見ても飽きなかった。むしろ単語の意味を思い出すときにはその他のほうを先に覚えてしまったりして・・。

そんな中で私がリトルでよかったと思ったのは、他校の人との雑談や、気軽に質問できる雰囲気や、そしてなによりQ食があったこと。見学に行ったその日がちょうどQ食の日でランナーからきいてたけど、おいしかった。それから毎週Q食を目指してがんばってたところも八十%くらいあるとにかく食べることが好きな私にはぴったりの塾だったのである。

ほんとに三ヶ月で何とかなってしまった。センターの英語は八割を超えた。国立の前期には単語帳を持っていった。精神安定剤としての役割を十分発揮してくれた。

最後にGO先生、Q先生、マーケン先生、貴先生、本当にありがとうございました。リトルに出会えてよかったです。


阿部 勝海 君  (大分西高校出身)

関西学院大学 合格

「あったァ!」。合格発表日にホームページで自分の受験番号を見つけた時、本当にうれしかった。

僕がリトルに入ったのは、高校3年生が始まる頃でした。それから浪人を通しての2年間は今までになかったほどの充実した時間でした。

初めての授業は日本史でした。その小テストで30点しか取れずに恥ずかしい思いをし、悔しくて日本史ばかりしていました。リトルの日本史は非常に鍛えられるので、成績は瞬く間に上がっていったのですが、英語に時間がかけられず、伸び悩みの時期が続きました。そして結局そのまま受験を迎え、浪人が決まりました。でも、志望の大学があったので、浪人を前向きにとらえることができました。

浪人になり、日本史は偏差値70を越えるまで伸びたけれど、英語は初めての模試でもさほど伸びていませんでした。入試ではどの大学も英語のウェイトが高いので、それからは重点を英語に置くようにしました。目標をもって勉強するのは当たり前なことですが、1年後の入試本番を目標にするとどうしても息切れしてしまいます。その点リトルでは、毎日のテストで100点を取ることを目標に勉強します。100点を目指して単語テストや文法のテストを確実にこなして、その積み重ねで記憶をより確かなものにしていきました。記憶力を鍛えるには時間を決めて、その時間内でできるだけ覚えるようにしなくてはなりません。信じられないことに、リトルでは単語を1週間で500個覚え、これを何度も何度も繰り返します。そうすることで記憶するスピードが格段に上がります。このトレーニングのおかげで、最後には1日1000個の単語テストをこなせるようになっていました。 

夏ごろからは、授業で英文の小説を読み始めたのですが、これで英語を“読む”という意味が初めて分かりました。それまでは、ただ訳していただけで内容を理解していなかったのです。これをきっかけに偏差値も上がり、英語が楽しいと思えるようになったのです。

僕が浪人の期間で1番大切だったのは仲間でした。僕には毎日夜まで一緒に勉強してくれる現役生がいました。後輩にもかかわらず、彼らは時には僕を叱り、励ましてくれ、引っ張ってくれました。テストの競い合いもしました。確かに浪人は辛いことがたくさんあったけど、彼らのおかげでここまで来ることができたのだと思います。

リトルはとても親しみやすく、生徒と先生の距離が非常に近いところです。気軽に質問できるし、時には世間話などもして「家」のような安心感がありました。中でもGO先生の話はとても考えさせられ、ためになることが多く、人間的にも成長できたかなと思います。1年は長いようでアッという間に過ぎていきます。リトルの先生方は合格するための最善の勉強法を教えてくれました。そのおかげで合格できたと思います。

このリトルでの2年間、特に浪人生活はとても価値あるものになりました。僕はリトルに入ったことを本当によかったと思っています。大学でもリトルで学んだこと(勉強だけでなく、生き方も含めて)を忘れずに、しっかり学び、楽しみたいと思います。お世話になりました。ありがとうございました。

メニューへ戻る