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合格体験記5
リトルで夢をかなえた生徒の声です

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矢野晴之 君 上智大学 早稲田大学 (岩田高校出身)

 

僕はリトルに高校三年の最初に入り浪人を経て上智大学と早稲田大学に合格する事が出来ました。この二年間リトルで過ごした経験はあまりにも濃すぎて言い尽くすことが出来ません。間違いなく今までの人生の中で一番充実した時間でした。

初めてリトルを尋ねに来た時ここは本当に塾なのかと目を疑いました。「どう見てもアパートの一室にしか見えないし、俺の勘違いかなぁ?」と不安になり、わざわざ紹介してくれた友達をリトルに呼んで確認したのを今でも覚えています。その時に初めてQ先生と会って話を聞いて、帰るまでには自分の勉強に対する姿勢が一気に変わっていました。当時僕は英語の成績を上げたいというやる気はあるものの、いろんな教材を買って最初の2,30ページをやっては、もう飽きたなどと言い訳を並べてゴミにしてしまうといった最悪の周期にはまっていました。そのため進研模試などで英語の成績は偏差値50いったらいい方といった感じでした。しかしQ先生に最初の一週間で単語500個の宿題をだされた時いつもの僕なら必ず途中であきらめるものの、しっかり覚える事ができたのです。その時初めて僕は一つの事をやり遂げた充実感にひたっていました。調子にのった僕はそのままリトルの教材である白単黄単(つまり単語2100個)を一ヶ月で終わらせることが出来ました。別に特別な努力をしたわけではありません。学校で内職したり寝る前に覚えたりといったどうでもいい時間を使っただけなのです。飽きやすい僕が飽きなかったのはやはり教材のおもしろさでした。リトルの単語帳には先生と生徒が一緒になって考えた覚え方やGO先生のやる気を奮いただせてくれるようなコラムが載っていて、本当にすばらしい教材だと僕は思います。その単語のおかげで僕の英語の点数はどんどん上がっていきました。一回目のマーク模試の英語の点数は89点(200点中で)だったものの・・・・・・なんと二回目の点数は189点だったのです!はっきり言ってその点をとった自分が一番ビックリでした。急いでGO先生とQ先生に報告しに行くと二人とも本当に喜んでくれました。自分の周りの友達も最初は単語ばっかりやっている僕をバカにしていましたがそれ以後バカにする人は誰もいませんでした。それからは英語をマークで八割以下きることはほとんどなくなりました。

こうして英語の成績はどんどん上がっていきましたが、僕にはずっと悩みがありました。リトルに入るとまず最初にGO先生からあだ名をつけられるのですが、僕は父が歯医者な事からデンティストというあだ名がつけられ、いつのまにか呼び名はデンデンになっていました。僕自身父が歯医者であるのでなんとなく歯学部を目指していたのですがどうしても興味をもつことができませんでした。そんな僕に先生達は「歯医者になったらいいじゃない!それも日本一の歯医者になったらいいじゃない!歯医者の中でもこれをさせたら矢野君が最高だと言われるようになろうと思ったらきっと楽しいはずだよ!」と言い続けてくれました。しかし周りのリトルのみんなが早稲田や慶応といった大学を追いかけている姿を見て「俺も早稲田に行きたい。」という気持ちに嘘をつくことはできませんでした。そんな気持ちで国立歯学部に受かるはずもなく去年の春に浪人する事が決定し、僕は正直な気持ちを父に言おうと決心しました。それを聞いた父は案の定最初は反対しました。しかし次の日「昨日は俺が悪かった。親の思い通りにさせようなんて俺が間違っていた。お前が好きなようにしろ。」と言って許してくれたのです。そう言ってくれた父に僕は今でも感謝しています。

そんな事があって僕は改めて早稲田大学を目指すことになりました。しかし去年理系であったことから日本史なんてやったこともないし国語なんて偏差値50さえいったことがほとんどありませんでした。そういうことから僕も多少不安はありました。しかしQ先生とGO先生は「日本史なんて一年あれば十分。あんたならしっかりやればかならず受かる。」と言ってくれ僕もその言葉を信じて勉強しました。その通り日本史は模試で偏差値70をきることはほとんどありませんでした。僕ははっきり言って模試の成績は今回受かった学部にD判定、C判定しかでたことはありません。しかしそんな僕でも受かる事ができたのは最後まで先生を信じ、模試の結果がどんなに悪くても常に前向きだったからだと思います。この浪人の一年の間に学んだことは勉強だけではなく、人としてどうするべきか、どうあるべきかといったような人としてものすごく大事なものをGO先生Q先生はたくさん僕達に教えてくれました。僕の今までの人生においてこの二人ほど信頼がおける人はいません。だからこそ信頼を裏切りたくないし、期待に応えたいから最後まで勉強することができたんだと思います。本当に楽しい一年でした。嫌な感じですけど正直言ってこれからリトルで大学受験に挑戦するみんなが羨ましいです。みんな受験勉強をして本当によかったと言えるような一年になることを心から祈っています。最後にGO先生、Q先生、自分が変われるきっかけをくれて本当にありがとうございました。



■立川 友貴さん 慶應義塾大学 上智大学 (大分上野丘高校出身)

「皆がそれぞれ自分自身にとっての完走ができるように一年頑張ろうね。」

 この言葉は、Q先生が浪人の決断式で話をしてくださったときの言葉です。この言葉は私の心に深く響きました。

 現役生のとき、私は不安で一杯、自信なんて全くない状態で受験しました。でもそれは、成績が志望校のレベルに達していなかったという以前に、その一年、ベストを尽くせなかった自分をよく分かっていたからでした。だから浪人決断式のとき、Q先生の「完走」という言葉がすごく心に響いたのです。

 しかし、「完走」するためにはまず、“ダメな自分”と向き合う必要がありました。ダメなところがあっても、それも自分の一部だから、ちゃんと向き合って克服していかないとなかなか前に進めないからです。夜、どうしても寝てしまうからリズムを変えて朝型に切り変えたり、覚えにくい単語、構文、日本史の流れ、それぞれ自分に合ったやり方を編み出したり・・・。試験場に行って頼れるのは自分だけ、だからいかに日々の積み重ねが大切かということも現役の頃学んだことでした。そうしてやっていくうちに模試で、現役の頃じゃ考えられない結果が出るようになりました。その後も、やればやるだけ、成績はついてきました。

 そうした中で、自分に起こった変化というのは、自信を持てるようになったということです。今までの私に、自信を持つなんて考えられないことでした。どうしても自分に自信を持てないことにもどかしさを感じながらも

「自信なんて、自分におごっている人だけが感じるものだ。」

 とさえ思っていたほどです。でも、浪人の中で持てるようになった自信というのは、おごりではなく、誇りに似た感情、他人と比べることで生まれるものではなくて、自分が自分を認めることによって生まれる感情なんだと思いました。去年受かっていった先輩や友達があんなにキラキラして見えたのは、自信からくる、内面の輝きだったんだと感じました。

 世の中には生まれつき頭の良い人がいて、スタートラインからして違う、と感じることがあるかもしれません。でもそれは全く関係のないことです。成功するには、その人がいかに自分で自分を認められるくらい努力できるかです。しかもリトルにはそれを支えてくれる先生、教材、環境があります。現役生と浪人生でも、変わりはありません。皆、頑張れば頑張った分、夢に近づけるのです。

 今、自分の勉強にもどかしさ、不安を感じている人はとにかくやりまくってみてください。環境が悪かったら自分にあった自分だけのやり方を考えて、とにかくやり続けて下さい。自分のもやもやがなくなるまで。そうすると自然と成績はついてきます。もし成績が上がらなかったり、周りの友達が自分より良い成績が出ても落ち込まないで下さい。絶対絶対後から成績はついてくるんです。一旦成績が出たら自信が持てるようになって、合格まで一直線です。悔いが残らないように走り抜いてください。

 最後に、勉強するならリトルが一番です。断言できます。いつも、たくさん頑張ろうとう気持ちをくれる剛先生。自分のことのように生徒のことを考えてくれるQ先生。お互い切磋琢磨できる環境。私は、リトルに出会えて本当によかった。リトルだからこそ勝ちとれた合格だと思います。本当に感謝してもしきれません。これからもずっと、リトルと繋がって、日々精進できるよう、頑張っていきたいと思います。



■久保 陽平 君 早稲田大学 上智大学 明治大学 (大分上野丘高校出身)

 僕は歴史上の人物の中でも長州藩の高杉晋作が好きなのですが、彼は死に際「面白きこともなき世を面白く…」という短歌の上の句だけを言い、下の句を言うことなく世を去りました。おそらく彼はつまらない現状を打破し、自分の力で面白い世を作るのだということを言いたかったのでしょう。僕はこれがリトルの精神であると思っています。リトルは大学受験を通して人の人生を変えてくれるところです。僕は上野に入ったはいいものの、理系のクラスに入ったこともあり成績は散々でした。そのころリトルにはいましたが、どうもあまり勉強してなかった記憶があります。そして当然のごとく早稲田に落ち、浪人という選択を選ばざるお終えなかったときに、僕は大手予備校に行かずにリトルを選択しました。もちろん教材が非常によく先生も熱心だということもありましたが、うまくは言えないけれど、リトルには何かを変えてくれる力があるような気がしたからです。そして浪人が終わり早稲田生となった僕がいます。どうか皆さん、現状に満足せずに、自分で面白いと思う状態を自らの手で切り開いてください。そしてあなたなりの「下の句」を作ってみてください。それではさようなら。


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