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合格体験記2
リトルで夢をかなえた生徒の声です

合格体験記3
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合格体験記1


■藍澤 智弘君  東京大学合格 (大分上野丘高校出身)

 僕は中学三年のとき姉に勧められてリトルに入りました。
中学の間は文法と短文の訳の授業を週に二回受けていただけでしたが、リトルのポイントを押さえた授業はとてもわかりやすく、英語を楽しく学ぶことができました。

 自分にどれくらいの英語の実力があるのか不安になる時期もありましたが、高三の全県模試で英語が一位になったあたりから、自信をもてるようになりました。
三年の二学期からは剛先生と二人で、東大をはじめとする難関大の問題を集めたものをやり始めました。
その教材には、先生がつくった単語帳がついていて、それを覚えては週に一回、徹底的にテストまでしました。

さらに、本文のほうも、過去問をただ解くだけでなく、さらに読み込まないと解けないようなテストを先生がつくってくれていたので、ぐっとつっこんで勉強できたと思います。
そして、入試本番までには過去十年分ほどをおわらせることができたため、英語を絶対的な得点源とすることができました。

なかなか得点がのびなかった社会も夏休みにはきゅう先生が毎日のようにテストをしてくれたおかげで語句を定着することができ、それを土台として記述式の東大の問題にも対応することができました。

 また、剛先生はよく「目標を大きく持て」といいます。
僕も中学生の頃からまだ高校にさえはいっていないのに、「あんた、東大に行ったらいい」と言われていました。
最初はあまり気にしていなかったし、気にしないようにしていましたが、何度も言われていると行けそうな気がしてきて、気づいた時にははっきりとした目標になっていました。

リトルでは一週間ごとの計画をたて、それができないとまた新しく計画を立て直すということを繰り返します。
長期休み中には一日ごとに計画をたて、それを先生方が毎日のようにテストしてくれました。
僕はすぐなまけてしまうところがあるので、短期間の計画を積み重ねていくリトルのやり方はあっていたように思います。

 このような計画を含めてですが、リトルではよく「戦略」という言葉が使われます。
何も考えずただがむしゃらに勉強するのではなく、勉強する際にも戦略が必要だというのです。
僕の場合は数学が他のひとに比べてできなかったので、その分を得意な英語でかせぐことにしました。
実際、入試本番でも数学は一問も完答することができませんでしたが、合格することができました。
すべての教科がよくできなくてもやり方次第で合格することができるのです。

 それにリトルは本当にここが塾なのかと思わせるアットホームな雰囲気をもっていて、勉強に疲れたときでも、またがんばろうという気持ちにさせてくれます。
一度は浪人を覚悟しながらも、なんとか現役で合格することができ、今は感謝でいっぱいです。

ほんとうにありがとうございました。



■山崎 貴君 上智大学合格 (大分東明高校)

僕は高校二年生の時にリトルに入りました。
その時は、年下の子と同じクラスで授業を受けてました。
その子達は、質問にどんどん答えてましたが、僕は何がなんだかわかりませんでした。
高校入試は落ち、そのせいかどうかわかりませんが、高校時代は友達と遊びまわっていて、勉強などした事のない僕なので当然といえば当然なのですが、やはり年下の子に負けるのは、顔から火が出るような思いでした。

それでもリトルに行っていた理由は、楽しさにあると思います。
先生たちには、毎日のように付きまとっていました。
そして毎日のように話をしました。

剛先生は、
「人生には何度か苦労しなければならない時は必ずくる、大学受験はすっごくきつい。
でもそれを乗り越えたらあとの苦労は絶対に乗り越えられる。
逆にここで頑張りきれん人は、いつかこの高いハードルを乗り越えなきゃならない。受験は何個も受けて、自分の行きたいところに一つでも受かったら成功や。
でも、社会に出ての一つの失敗は許されない。
ここで頑張れんやつがどこで頑張れるんで。」
と、毎日のように話してくれました。
何も目標を持っていなかったし、そんなことを考えもしなかったので、衝撃でした。

リトルにはすっごい勉強する、藍澤 智弘、通称「トモトモ」がいました。
彼は東大を目指して勉強していました。
僕の中で東大に行く人はなにも勉強しないでも、すっごい頭がよくていける人は決まってるんだと思ってました。

でもそれは全くの間違いです。
勉強もしていなかった僕のただの言い訳だと思いました。
トモトモは、人の倍、それ以上の努力をしていました。
「お互いを尊敬する仲じゃないと、本当の友達とは言えないんやないんで。」
と、先生はよく言っていました。
本当にその通りだと思います。

自分の目標の為に寝る間も惜しんで勉強していたトモトモをすごい人だと思うし、尊敬しています。
彼は今、東大生です。
この先生の話や、友達がいなかったら僕は、一生勉強しようとは思わなかったと思います。
全く勉強をしたこともなかったので、何をしていいのかわからなったけど、Q先生に相談して決めてもらいました。

リトルでは一日単語を百個覚えるのを最初にするのですが、僕には無理だと思ったので、50単語ずつ覚えるようにしました。
単語を一冊覚えた頃には授業の文章が読めるようになっていました。

現役が終わる頃に、最初使った教材を見てみると、「take」の下に「持っていく」と、書いているのを見て、我ながら成長したんだなと思いました。
こんなに出来なかった僕が天声人語という長文が読めるようになってました。
この授業は、文章もおもしろいし、新聞に載っているものなのでおもしろくてたまりませんでした。

英語だけではなく日本史も勉強しました。
日本史は大変でした。
英語は、好きだったのですが、日本史は漢字は読めないし・・・と、言うのも、あまり日本語を知らないみたいで今年一年は、色々な失言をしてしまいました。
月食のことを、宇宙食と思っていたし、後輩に向かって「質素だね」と言ってみたり(自分は清楚って言いたかったのですが)日本語の意味がわからなくて苦労しました。

最初は知らないことばかりだったのでつまらないと思っていたのですが、「日本史をしなければあんたに合格はありえない」と、Q先生に断言されてしまいました。
勉強して、覚えたことが模試に出て楽しくなっていたし、成績もどんどん上がっていい時は、偏差値74もありました。
日本史が、これだけ取れてるのに、合計の偏差値は50を少しこえるぐらい。
先程も言ったように日本語を知らないのです。
国語の偏差値は平均35、時には27という、こんな偏差値あるの?という数字も出ました。

この成績で僕は、上智大学に合格できました。
僕は本当にいいたいことがあります。
僕に出来たんだから世の中に出来ない人はいないと思います。
自分は覚えるのが苦手だから、頭が悪いからと言うのは、言い訳です。
ほんとに覚えるのが遅かったけど、努力で大学受験はどうにかなります。

僕が先生によく言われてた言葉は
「人が何分で覚えようが関係ない。あんたが何時間かかっても百点とらんと意味ないんやろ。人より覚えるのが遅いんならその倍以上勉強せなつまらん。あんたは勉強量で負けたらダメ」
と、よく言われ、それを胸に勉強してました。

浪人生活は、ほんとにきつかったです。だけど、してよかったし、成績はもちろんのこと、色々な面で成長できました。
この体験は浪人をしたひとでなくては分からないと思います。
勉強したくなかった事もあったし、出来なかった事もありました。
こんなに勉強できたのは、先生たちとプールに行ったり、一緒に食事をしたり、時には、鍋パーティー、焼肉パーティー、寿司パーティーなどきつかったことも多かったけど、楽しいことも同じくらい多かったからだと思います。

リトルには絶対にこれからもお世話になっていくつもりなのでどうぞよろしくお願いします。





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