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一対一が本当にいいのか
塾を選ぶ時に本当に大切なことは



■もう受験は間近かです

■もう受験は間近です

まだニ年だと思っているかもしれませんが、よく考えてみてください。
本当は後1年しかありません。
今まではいろいろと言訳できたのでしょうが、もう受験は目の前にせまっているのです。
どんな言訳もできないのです。
本当は高校でやりたいことも沢山あるのでしょうが、この一年はとりあえず目標に向って努力すべきです。


■大学入試とは

子供にとって大学入試とは一体何なのでしょうか。
今まで子供さんが――誰にも頼らず、自分一人で何かを決断し実行したことがあるでしょうか。
いつもお母さんやお父さんの庇護の下で判断し、行動してきたのではありませんか。
そんな子供とってこの受験こそが始めて自分だけで戦うものなのです。
大人はいつも自分一人で戦うものですが、子供とってはこれが最初の勝負となるのです。

要するに、これから一人前の大人としての戦いが始るのです。こんな時、やらなければならないことはすべてを自分で判断させるということです。
一番いい方法はどんな方法なのかを自分で検証してさせなくてはいけません。

この場合、大切なのは情報を的確に判断しなければなりません。
もしその情報判断が間違うなら、その結果は自分が受止めなくてはならず、最悪の不合格という結果に耐えなくてはなりません。


■正しい情報を的確に掴むにはどうすればいいのでしょうか。

塾を選ぶ時も

塾を選ぶ時、その塾に行って、どれだけ成績が上がったかが大切です。そのこと以外のことは本来あまり重大でないはずです。
しかし、多くの人が一番大切なこと以外のことで選択していませんか。
家から近いとか、小人数だからとか――でもすべて成績が上がらなければ、小人数でも何もならないのです。
特に一対一が一番いいと思っている人が多いのですが、はたしてそうでしょうか。
要するに、情報を的確に判断しているのかということです。


■一対一の場合は―――

一対一の場合、来週までにやってくるべき課題を決めたとしても、その生徒がやってこなければ、先には進めないのです。
普通、生徒はやってないという場合が多いのです。
そうなれば、勉強の進行は先生が望むものとはまったく違う、むしろ生徒のいいなりとなり、遅々として進まない場合が多くなります。

本当は――8人から10人程度がいいのです。
なぜなら――たとえ自分がやっていなくても、まわりの人がやっていればどんどん進みます。
そうすれば自分としてはついて行かなくてはならず、勉強をしないわけにはいかなくなります。
いつも大切なのは競争をするということです。
生徒の競争心をうまく刺激しながら、進めることです。

「子供が受験競争の中で傷つくのがかわいそうだから」といった気づかいほど子供を駄目にするものはありません。
いや、少なくとも子供を――戦うことを知らない弱虫にしてしまいます。
このことこそ避けなければならないことではありませんか。

お母さんが一番心配しなければならないことは――自分が死んだ後も、子供が立派に生活していけるかということではありませんか。
とすれば、いつも競争の中に子供を置いていてその中でうまく生きていく方法を教えておくことではありませんか。

子供はお母さんが思っているよりずっと強く賢いものです。
心配せずに競争させれば、きっとうまくやっていくはずです。


今年も――

つい最近のことです。
リトルでは単語テストに毎週賞金をかけます。
ほとんどの生徒がそれに参加するのですが、その中に特に仲のいい二人の女生徒がいました。二人はともに特によく勉強してくるわけではないけれど、いつも78とか80点の前半の成績でした。

ところがある日、そのうちの一人が急にものすごく勉強を始めて、98点で一等を取ったのです。
先週までは二人とも同じぐらいの成績だったのに、そのうちの一人が一等を取ってみんなから賞賛されたのです。
仲のいい友だちが先生からほめられたり、他の生徒から賞賛されて、もう一人の生徒も喜んでいるのかと私は思っていたのですが――実は彼女の表情はさえないのです。
そして、帰りがけに「来週は私が一等をとる」と悔しそうに言って帰っていきました。

はたして――次の週、その彼女は一等ではなかったけれど、90点台を出したのです。
おそらく友だちが一等をとったことがものすごい刺激になって彼女ががんばったんだと思います。


また、こんなこともありました。
高校三年になると多くの生徒が勉強するようになります。
ある生徒の話ですが――彼女は放送部だったので、全国大会などで忙しく、一ヶ月ぐらいリトルを休みがちでした。
そしてそれらの活動が終わって、久し振りにリトルに顔を出したのです。そして単語テストに参加したのですが、それまでみんな60点くらいだった友だちが、90点台を次々と出しているのです。
彼女はショックを受けた顔つきで私のところにやって来て、「私、来週は必ずおぼえてきます」と言ったのです。

次の週、彼女は90点台を出しました。
リトルの単語テストは1000個が範囲ですから、ものすごい時間をかけなくてはけして90点など取れません。
おそらく毎日5,6時間以上もかけて単語をおぼえたに違いありません。
彼女はこの次も、ずっと単語テストで90点台を出すようになったのです。

それから、さらに、驚くことに、彼女はそれまで、模試で英語の点が100点前後だったのに、急に150点台になり、さらに次のテストでは160点台になり、最後には170点台になりました。
あまりに急に成績が上がったので、学校の友だちから「どんな勉強したのよ」とよく聞かれるようになりました。


こうなれば人間はお母さんが「勉強しなさい」と言わなくても、どんどん勉強するようになります。
こんな時、「そんなに勉強したら体をこわすよ」と言ってみてください。
子供はそんな言葉ではけして勉強を止めるようなことはしません。
まさに何かに取り付かれたといった感じで勉強を続けるのです。おそらくお母さんがこうあって欲しいと思っていた理想の姿になるといってもいいでしょう。

■友だちの一人の成績が上がれば―――

おもしろいことに仲のいい生徒の一人の成績が上がると、まわりの生徒の成績も上がり始めます。
これはまさに人間には競争心があり、これをほどよく刺激すれば多くの生徒の成績が上がり始めるということなのです。


■兄弟(姉妹)の場合も
 
 何年か前のことです。
仲のいい5人組がある日、大きなシーツみたいな布に、「慶応にはいろうね会」と書き、その下に5人の名前を書いて、「自分たちは慶応に行くのだ」と宣言したのです。
彼女たちの成績はその時点ではとても慶応大学に合格するようなものではありませんでした。
そのうちの一人は学校の先生から二浪しても無理だろうと言われていたのです。
 
リトルでは当時、生徒の成績表を壁にはり、それに100点の場合は黄金色、95点は青、90点は緑といったふうにしてシールを貼っていました。
彼女たちは毎日テストをしてそれが黄金色のシールになるまで繰り返すのです。
「毎日でなくても週末のテストが満点ならいいよ」といっても毎日が黄金色でないと承知できないのです。
というより他の人が満点の黄金色で自分が青色というのは我慢できないということなのです。

さらに週末ともなれば、競争は一層熾烈になります。
わずか1点差で1等賞をのがしたりすると、悔し涙で教室は大変な雰囲気になります。
涙を流すもの、それを慰めるもの、あるいは勝利の賞金を手にして、満面に笑みをたたえているもの、教室はある種の緊張感と興奮の“るつぼ”です。
私はこの年、彼女たちの涙を何度見たか知れません。彼女たちは悔し涙を流すたびに、強くなり、成長して行ったのではないでしょうか。


■いよいよ受験となりました。

彼女たちの偏差値は70を超えていたので、予想通り、上智大や慶応大に合格していきました。
そして、最後に早稲田の政経を受験する予定になっていました。
丁度、そのころ私は東京に行く用事もあり、早稲田大学の校門に彼女たちに会いに行ったのです。
 みんなはすでに合格しているので、元気いっぱいです。
しかし、その中に一人の子が急に泣き始めて「今日の政経に合格したら、他の人に負けたことにはならないよね」と言うのです。
彼女は慶応の経済を受けていたのですが、まだ発表がなかったのです(後に合格)。
だから他の友だちに差をつけられていると感じたのでしょう。
「今日は必死に頑張る」と言い残して、構内に入っていきました。
 
はたして、彼女は早稲田大学の政経に合格しました。
 おそらく、このような競争心こそ、人間を奮起させるものでしょう。もちろん正しい競争心でないと困りますが、ある程度の競争があってこそ、人は頑張るのです。

 しかし、話はこれだけではすみませんでした。
 彼女の妹が、姉が早稲田の政経に合格したときいて、急に頑張り始めたのです。
 それ以後の彼女の頑張りは尋常なものではありませんでした。
勉強を始めると、じっと1時間も2時間も、その姿勢が崩れることがないのです。
まわりの生徒は好んで彼女の後ろの席に座って、彼女の集中力を見習おうとしたのです。
そのうち彼女は“不動明王”と呼ばれるようになりました。

 もちろん彼女は姉を後をついで、早稲田の政経に合格しました。
 合格した後「頑張るきっかけは何だったの」と聞いたら
「姉には負けたくなかった」と言ったのです。
 やはり“負けたくない”という気持ちが妹を支えていたのです。
 
さらに、話はこれだけではすみませんでした。
次の妹も早稲田の政経に行き、姉妹3人が全員、早稲田の政経に合格したのです。
この後、この姉妹の一人が司法官試験に合格して、今、弁護士になっています。
また、もう一人はNHKに就職しました。
もう一人は大学院に行っています。


多くの人が悔しいとか、負けたくないといった気持ちで頑張るのです。
こういった気持ちをいい方向にうまく指導すれば、努力できる人間を育てることができます。

「受験地獄はいけない」という人がいますが、本当にそうでしょうか。
一回の試験で合否を決めるのはかわいそうだという人もいますが、しかし、考えてみれば、一回の試験で決めるからこそ、一番公平でいいのではありませんか。
受験ほど公平で――そこに何の他の力が入り込む余地がない――ものはありません。その人の出身や、閨閥などに左右されることもなく、あなた一人の努力だけが合否を決めるのです。

もし、若いときに受験といった苦しいものがなかったら、あなたたちは一体どこで成長できるのでしょうか。このことに苦しみ、時には傷つき、涙を流しながら、必死で耐えるとき、あなた知らず知らずに成長していくのです。

 もし、受験がなかったら、あなたは自分が成長できるせっかくのチャンスをみずから捨てているといってもいいのです。
さあ、立ち上がって、戦ってください。自分が成長していくために――。



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